丸石神三大疑問

民間信仰中の石神信仰や、丸石神の基本編。

  1. 誕生 - 丸さの秘密 -
  2. 信仰 - 他に見られない謎 -
  3. 分布 - ご地域限定の神 -

3分布 - ご地域限定の神 -

丸石写真

丸石神は、山梨を除くと、東京都の山梨に隣接する山村、神奈川県津久井郡の一部、静岡県伊豆地方、長野県の一部にわずかに散布しているだけだ。山梨以外の他地域では、ほとんど見られない。

丸石道祖神の数は、山梨だけで何と七百ケ所にも上る。屋敷神や山神・稲荷など、道祖神以外にも丸石が祀られている。

しかし中沢厚の研究によると、八王子や上田市国分寺後で小さい丸石が発掘されていたり、秋田大湯環状列石遺跡の中心部に安置されていたりすると、各種の例を上げている。かつ、平安時代の絵巻物「信貴山縁起絵巻」三巻目には、路傍に丸石を祀った祠が描かれていると記述した上で、「この絵巻は、信濃から大和への今で言う紀行文に当たり、大和へ続く旅路の話であり、丸石の示された土地が大和地至らない。しかし丸石を祀る風習が平安にもあったという、確実な証拠にはなる」と唱える。

また、平成7年に奈良県山添村にて、直径7mにも渡る巨大な丸石が6〜7個も発掘されている(参照)他、奈良県「玉置神社」岐阜県「矢作神社」三重県「花窟神社」と、山梨ほどではないが、丸石信仰は各地に分布していると言えよう。

これらを見ると、丸石神は「かつては各地に分布していたが、その後、山梨・長野一部を残して廃れてしまった信仰」と言えるのではないか。そこで問題となるのが、

  1. 何故、各地の丸石信仰が廃れてしまったのか
  2. 何故、山梨・長野一部のみ廃れなかったのか

の2点である。

最も一般的な解説としては、国家神道や国家仏教などの圧力で、多くの民俗神とともに丸石神も排除されたというのが通説だ。
「廃仏棄釈」では、仏教だけではなく、国家に属さない神仏が全て「異端」にされ、当然その中には民間信仰の神々も含まれていた。

しかしそれだけでは、2の「何故、山梨・長野一部のみ廃れなかったのか」という疑問が残る。山梨だけ他宗教の圧力、ましてや廃仏棄釈を逃れたという事は考えがたく、事実、廃仏棄釈の記録も見られる。他地域に分布していた丸石神が廃棄の対象となったのであれば、なぜ山梨は対象となり得なかったのか。

丸石写真

あくまで根拠のない想像に過ぎないが、「かつては各地に分布していたが、その後、山梨・長野一部を残して廃れてしまった信仰」を前提としたら、国家宗教の圧力が起きる以前に、丸石信仰はほぼ廃れていたのではないか。丸石信仰は部分的に分散するのみで、現在と同じように山梨周辺のみに広がっていたのではないか。
その為、他の民間信仰の神々とは同様の扱いをされず、特に何かを模している訳でもない変な形も相まって、放っておかれる羽目になったのではないだろうか。
などと、このおかしな神を見ていると、そんな事を思ってしまうのである。

とにかく、分布が山梨県のみであろうと全国であろうと、丸石分散や信仰の消滅理由など、丸石信仰が謎に彩られたままでいる事は間違いない。

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