続・丸石神紀行

こりもせず丸石神を求め、年末年始にかけて、山梨県を徒歩で旅したさすらいの旅行記。

  1. 序文:
    ↓以下、up未定
  2. 山梨丸石神周遊
  3. 昇仙峡石地獄
  4. 終文

1.序文 - 1

 2004年、年末。街は大晦と正月に向けて浮かれ、ハレの準備で師も走り回る忙しさだ。早朝の寒気を身に受けて、駅の改札で立ち止まった私は、家族と過ごす正月を思った。ここは山梨県石和温泉駅、見渡す限りの山肌が背後に迫り、早くも立ち上る湯気が恋しい温泉観光地である。ニ年前の懐かしさに立ち止まっている暇はない。四泊五日の時間はあまりにも少なかった。私は感慨を振り切り、朝靄に包まれた駅を後にした。

 旅路は長く、待ち受ける物が何であるか分からない。重い荷は命取りになる。足取りを妨げるカートを一刻も早く下ろす為に、宿は駅真後ろの部屋を確保してある。林立する観光宿を見分けるべく、私はロータリーに掲げられた地図を見た。宿の名はすぐに見つかった。道は遠く向こう側へとU字に延びる道路を登り切り、こちら側へ下り切って、駅の真裏に繋がっている。

 遠い。駅真後ろだけど遠い。空間的に近いけど距離的に遠い。

 不動産は現物を見なきゃ駄目だと呟きながら、私はガタガタ重いカートを引っ張り、近くて遠い道のりをのろのろと歩き始めた。

 早朝のホテルはカウンターすら無人で、ロビーでしばらく待っていなければならなかった。ようやく一泊四千円のベッドに腰を降ろし、荷を解いた私は、年末ニュースを映すテレビを背景に必要な荷をまとめ出した。観光地山梨で安い一人部屋を探しまくり、四泊五日でとった狭い室内である。どう考えても、憩いや寛ぎと言った癒し系の言葉とは無縁だ。そして方向音痴が行く徒歩の旅に、私も無縁仏になる怖れがある。一人で過ごす年末年始に、ため息が洩れた。今頃実家では、ささやかだが何よりの御馳走である母の手料理が、大晦日に向けて出番を待っているのだろう。だが、私が選んだのは、正月の暖かい団欒や御馳走ではない。選んだのは、物言わぬ丸石神と過ごす正月なのだ。

 早くも選択を間違った気になりつつ、私は早速ホテルを後にした。旅の目的は、ニにも三にも丸石神、そして、一に七日市場の最大級丸石神と出会う事、要するに全部丸石神である。正月に向けて神々が祭られるこの時期、同じように丸石神も御幣やお供え餅で賑わっているに違いない。地域に根付く丸石神の姿を見る、絶好のチャンスである。前回の丸石旅行とは違い、宿に居を構え、遠く迄足を伸ばす事が出来る。ヒップバッグとデジタルカメラだけを身につけて部屋を出ようとし、私は慌てて机上の地図を引っ掴んだ。

 山梨道路地図に、モノクロの小さな十三年前の地図。そこに記された丸印だけが、丸石神への道筋を示している。唯一の手がかりであると共に、私にとっての宝の地図だ。

 宿を出てすぐ、天を突くように立てられた竹が視界に飛び込んだ。竹に結ばれ四方に張られた縄から、垂れた御幣が揺れている。四角い領域の中央、白い鏡餅と熟した蜜柑を前にずっしりと構えるのが、物言わぬこの祭事場の主だ。

 私は丸石神が、生きた文化である事を知る。

↑上へ