丸石神紀行

十三年前の地図を頼りに丸石神を求め、山梨県を徒歩で旅したさまよいの旅行記。

  1. 序文:
  2. 丸石神誕生:
  3. 丸石神信仰:
  4. 丸石神分布:
  5. 終文:

1.序文 - 1

 それは訳の分からない衝動に押されての事だった。

 冬休み初日、私は投げやりな勢いで列車へ飛び乗った。肩には不似合いなカメラが不格好に、手には古い地図を入れた小さな紙袋が、ぶらぶら揺れて食い込んでいる。

 ヒップバックのウォークマンには、特別編集したMDが突っ込まれていた。MDタイトルはその名も「独り」、孤独な人間の歌ばかりを集めた寂しいミュージッククリップ集だ。旅の孤独は盛り上がり、旅はどんどん盛り下がる曰く付きの代物である。私を差し置きユニバーサルスタジオジャパンへ出かける妹の為、こっそり用意したのがこれだった。うっかり持ち出したのもこれだった。自業自得を身に浴びて、私は半泣きのまま自分を嘲笑った。

 特急料金を払う余裕もなく、鈍行の切符には「塩山」と記してある。温泉地帯山梨において湯山温泉郷と並ぶ、かくも名高き塩山市だ。「えんざん」と読むのだが、昨日まで「しおやま」と読んでいた。現地に対する知識が地名すら怪しい上に、頼みの綱は十三年前の古い地図だけだ。今もこの地図通りの保証はないどころか、絶対に違う保証付きだ。しかし、この地図に記された無数の丸印だけが、丸石神の在り処を握っているのだ。

 MD集のせいで孤独のどん底に陥る私を他所に、観光客を乗せた列車は意気揚々と出発した。

 中島みゆきの曲で男に捨てられた気分を味わっているにも関わらず、トンネルを抜けた空は、底抜けに晴れやかな色を広げていた。知らぬ間に、電車は山を登っていたようだ。町並みや向こう側の山までがくっきりと見渡せ、切りつけるような寒気と空気が、車窓からもなんとなく伝わってくる。

ぶどう酒

 私はぼんやりと、冬景色を見送っていた。雪が散らつく山肌と共に、どんどん駅は過ぎてゆく。心底石和温泉で降りたかった。露天風呂で酒を飲みたかった。せっかく山梨に来たのに、観光できないなんてあんまりだ。憧れの勝沼ぶどう境を前に、電車のドアは閉まりかけている。観光マップを見る限り、道の両脇がブドウ畑やワイン工場で埋め尽くされた楽園らしい。思わず「ぶどう酒!」と叫んで途中下車もしたくなる。ちきしょうと呟いている間にドアは閉まり、未練を残したままぶどう境は遠ざかって消えた。恨みがましく後方ばかり見ている間に、列車はさっさと塩山に到着する。私は重い腰を上げ、おずおずと見知らぬ土地へ踏み出した。

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