丸石神紀行

十三年前の地図を頼りに丸石神を求め、山梨県を徒歩で旅したさまよいの旅行記。

  1. 序文:
  2. 丸石神誕生:
  3. 丸石神信仰:
  4. 丸石神分布:
  5. 終文:

2.丸石神誕生 - 5

 さて、丸石研究の第一人者である中沢厚は、山梨県石森山の山腹に埋もれる、球と言うには不完全な形の円形石群に注目していた。この石弾も、火山活動による地質時代の結晶体だと言う。中沢は、山梨県内にはそのまま持ち寄って丸石神として祀れるような石塊はまだ見ていないと述べた上で、静岡県藤枝市西狭間の「大興寺の無縫石」の話を持ち出している。

 大興寺に立ち並ぶ代々住職の墓石、それが無縫石である。揃いも揃った繭形の石が列なる様相に、数珠つなぎなんて縁起でもない事を言ってしまいそうだ。ところが伝説は更に縁起でもなく、寺の裏山にある崖からこの石が転がり出た時こそ住職の死期で、繭石はそのまま墓石になるのだと言う。自分の墓石を間近に暮らすなど、常人には胃が痛くなるような言い伝えだ。この恐るべき大興寺の裏山を調査すると、埋もれた部分の形は分からないが、崖には球と思しき石が無数に頭を覗かせていた。そして崖下に、見事な丸石を発見する事ができたのだ。

 中沢厚はこれらの石弾がコスタリカの丸石群に通じるのではないかと、地質学者に資料を持ち寄った。するとドンピシャリ、幾つかの力強い可能性が見い出されたのである。

 それらを要約して述べると、一つは約二千年前、火山噴出時代に遡る。灰が凝固した角岩の中に、色々な物が溶けて出来た破片や火山弾が抱き込まれたという説。続いて約二千五百年前、火山活動で海に流れ込んだ溶岩が、枕状や球状に固まり積もったと言うもの。そして六千万年前とどんどん地球は遡り、深成岩という岩の中に、更に溶岩となった別の岩々が入り込み、その上溶岩の中にも石弾が入り込んでいたという、ロシア民芸マトリョーシカ的な場合も考えられるというものだ。

マトリョーシカ

 どれも気が遠くなりそうな時間を経ての話だ。事実を確かめる術はないが、地質学的分析を加えたその説得力には、相当なものがある。

 また、地層内に「サンドボール」という結晶ができる事や、化石等が核の「マール」と呼ばれる物質が存在する話も上げられる。ひょっとしたら私の見た丸石神は、恐竜の化石を抱いていたのかもしれない。そう思うだけで、丸石に対する感慨は深くなる。

 ともあれ、諸説様々今だ確定に至っていない形成の謎だが、丸石が大地から産まれ出た子供である事は、地質学上認めても間違いはないだろう。

 地から現れる雑多な石の中、磨かれたような見事な丸石を目にした時、昔の人々は何を感じたのか。私はそこに、丸石神が祀られる所以の一片が潜んでいるように思えてならない。美しい丸石を手に取り、大事に持ち帰った所以が。

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