丸石神入門

民間信仰中の石神信仰や、丸石神の基本編。

  1. 石信仰と道祖神
  2. 丸石神基本と分類

2.丸石神基本と分類

丸石神基本

数ある日本石信仰の中で、最も訳の分からないものの一つ。見事な迄に丸い形の誕生方法やその信仰の意味、山梨にはやたらにあるくせに他ではあまり見られない極地性、誕生分布信仰全ての点において確証が出されていない。

道端や境で道祖神的役割を果たしているが、あまり研究も進んでおらず、山梨在住の人々に聞いても「あれ珍しいの?」「そんなの知らない」等ご当地認知度の低いマイナーさが魅力の神でもある。

丸石神分類

丸石神を見て回ると、いくつかのタイプに分かれる事に気付く。

丸石神
丸石神

【タイプ1】単体
一体だけで祀られているもの。
私が丸石神巡りをしている時には、意外に少ない印象を受けた。写真の鏡餅状に作られた人工石などは、「単体」の丸石神を意識して作られたのか、「集団」を意識したのか、分類に悩むところである。


丸石神
丸石神

【タイプ2】集団
様々な丸石が集って祀られているもの。
小丸石の小集団から、大小の丸石が祭祀場を設けて山のように祀られているものなど、一口に集団と言っても様々。秩序なく積まれているものもあれば、一番きれいなものや大きなもの等、他とは微妙に違うものがてっぺんに乗っている丸石神群など、配置のバリエーションは豊富だ。
「たくさん祀る」「持ってきて増やす」という部分には、「子産石・安産石」など石の母的な神性、子孫繁栄や豊穣を彷彿とさせるものがある。


丸石神
丸石神

【タイプ1】単体【タイプ2】集団
【タイプ1】単体【タイプ2】集団が加わったもの。
【タイプ1】単体に、どこかから持ってこられた丸石が一緒に神となって祀られている。石棒や七日市場の巨大丸石神など、メインと思われる神体を中心に寄り集まっている。


丸石神
丸石神

【タイプ3】追加
祠や神社など、明らかに違うものが祀られている所に、追加で持ってこられたもの。
後から付け加えて祀られたのは様相から見て間違いないだろうが、それこそ「丸石=神」だから持ってきて祀ったという、丸石自体に神聖を認めている文化を感じさせる。祀る訳ではないが、わざわざ神社の境内に持ってこられた丸石など、丸石への丁重な扱いは興味深い。
一方、もともと祀られていたものに「捧げられたもの」であるという考えも否定できない。事実、「神餞(お供え物)」と刻まれた台座に乗っている丸石も見受けられた。雑多な民間信仰の中、双方のケースが混じり合っているとも考えられる。


丸石神
丸石神

【タイプ4】ご一緒
祠や神社など、明らかに違うものが祀られている所に、あらかじめ丸石も祀られているもの。
【タイプ3】追加と違い、後から他の神仏に追加されたのではなく、「他の神仏」「丸石」とはっきり区分けして一緒に祀られている。
わざわざ他と分けて祀る事からも、明らかに「丸石そのもの」に神聖を認める風習の裏付けになるのではないか。



山梨県民タクシーのおじさんの考察

山梨出身の人に「丸石神」を尋ねると、大抵「知らない」「あれ珍しいの?」という返事が返ってくるので、「山梨県民丸石意識調査」をやってみたいと思っていた。年末年始丸石神巡りの旅で、生まれも育ちも生粋の山梨人であるおじさんのタクシーに乗る機会があり、ここぞとばかりに聞いてみた。「あれ珍しいの?」という反応の後に、おじさんの丸石神に関する考察を聞く事ができたので、以下に載せてみる。

山梨と言えば武田信玄!その戦国武将が設立したのが、あの「甲斐善光寺」だ!そこの教えに「丸いものを尊ぶ」というものがあって、信玄公への思いが深い山梨県民は、その教えを大切にしてきたのではないか。

武田信玄は甲斐の武将であり、山梨県の代表的人物だ(そう言えば、山梨出身で「信玄」という名前の友達がいたなぁ…)。おそらく丸石神はそれより古くからの信仰と考えられるが、信玄公と山梨県民のつながりという下地もあり、滅びる事無く続いてきた文化なのかも知れないとしみじみ思った。

ちなみに「丸いものを尊ぶ」という教えが本当にあるのかどうかは、調べれど確認が取れず。和をもって尊しと言う事か?善光寺にも丸石が置いてあったりしたら、「信玄公ゆかりの地+そこにも丸石=山梨県民丸石と信玄公を尊ぶ説」の関連性を感じるのだが。

余談

甲斐善光寺のご本尊は「善光寺如来」(一光三尊阿弥陀如来)で、全国に広まる「阿弥陀如来と縁を結ぶことで極楽往生が叶う」という善光寺信仰の一つ。日本一の鳴き龍や暗闇でのご戒壇巡りなど、かなりの規模である。
その起点である長野善光寺は、「遠くとも一度は詣れ善光寺」との言葉が残る通り、「お伊勢参り」と並ぶ信仰の地であった。そのご本尊の起源をかいつまんで載せてみよう。

 その昔、天竺の月蓋という長者が、娘への親馬鹿が過ぎて信心を忘れた上、姿を現したお釈迦様をないがしろにするという罰当たりを犯した。だが流行病で娘が病気になり、お釈迦様にすがったところ、「改心し西方の国の阿弥陀如来をお招きすれば、流行病は癒される」との言葉を頂いて、毎日信心するようになった。すると阿弥陀如来がその願いを聞き入れ、娘どころか国中の病を癒してくれた。感謝した長者が「阿弥陀三尊」を作りたいと申し出ると、「竜宮城にある黄金で造るとよい」とのお返事。黄金を手に入れ、阿弥陀如来とお釈迦様に捧げると、光を浴びた黄金は阿弥陀三尊の姿に変身した。その頭を阿弥陀様が三度なで、命をふきこんだのが善光寺如来であると言う。

石は金を産出する「母」という点では、まぁ、つながらなくもないかも知れない。ちなみに善光寺信仰に関わる伝説で、「苅萱上人とその息子・石童丸」という物語があるのだが、石の話は全然出てこなかった。

ついでにもう一つ、タクシーのおじさんは、昇仙峡まで迷った挙げ句に駅から40キロかけて徒歩で辿りついた私を、バスと同料金で送り返してくれた。道中も、ガイドブック並の観光名所紹介や、丸石神前の停車サービス、富士山をバックに私の写真撮影など、ああここに寅さんがいると錯覚せんばかりだった。

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